結婚しろと言われましても

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平日の早朝からなんというやり取りをしているんだろう。

LINEの着信音で目を覚ました。
本当はもっと前に目が覚めていた。
夏が目前に迫る今の季節はカーテン越しの光で自然と目が覚める。

なんとなく身体全体が重くて起き上がれないでいたのだ。


ケンタは私の弟で、ユカリさんというのは、ケンタが先月お見合いしたという、母親の会社の社長さんの妹の娘だそうだ。
現在弟は海外出張中。

「出張先にまでこんなLINE送る? 怖っ」

スマホを枕元に放り投げ、ベッドの上で大きく伸びをする。
ひとり暮らしも長くなると、思ったことをすべて口に出して言うことが当然になってくる。

伸びながら昨日、会社で後輩から聞いた話を思い出していた。


* * *


「先輩のお母さんも、アレ、行ってましたよね?」


うちの会社は昼休憩時には各階の会議室がオープンになり、部署ごとの女子グループがそれぞれ別の部屋に陣取ってお弁当を食べるという慣習がある。
部署の枠を超えて部屋を行き来する若い子が出る年もあるが、それは稀だ。
よって、ひとつの会議室にはひとつの部署の女子しか集まらないようになっている。

私に話しかけるのは、5歳年下の期間社員、金谷さんだ。

「アレって言われても」

「思い出した! 親の婚活イベントです!」

「ああ・・・。行ってたねえ」

「めっちゃ他人事ですやん!」

「他人事と思いたいねんもん。 で、それがどうしたん?」

うちの部署は女子が私と金谷さんしかいないから、昼休み中の会話は輪をかけてあけすけにできる。

「私のねー大学の時の後輩がー、最近婚活始めたらしくて、本人がやるほかに、親の婚活も始めたらしいんですよー」

「へー。 でも、金谷さんの後輩だったらまだ全然若いやん?」

「28です」

「えっ、親が婚活する必要ある?」

「ねー。 まぁ、それぞれの家の考え方もあるんでしょうから何とも言えませんけどねー、本人も急に危機感もって自分でいろんなイベント行き始めてるらしいんですー。 で、なんか、そっちの、親の婚活の方も男の人の側の希望がいろいろあるらしくってー28でも断られることが多いって」

「マジで? すごいなー。 でも、えらいなーその後輩ちゃん。 自分でも結婚したいって思ったからやり始めたんやろ? えらいなー」

「ですよねー。 私は大学の時の彼氏となんとなくそのまま結婚したから、こーゆー婚活とかよくわかんないですけどー。 て、先輩、ほんまに結婚願望とかないんですか?」

「んーせやねー。 別に40代、50代、60代で初婚でも全然ええやんって思うけどなー」

「そりゃその年になってもらってくれる人がいればいいですよー」



もらってくれる、という言葉にひっかかりを覚えつつ、ゆで卵をまるごと口に突っ込み時間をかけて咀嚼した。


* * *



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「あんたが結婚してくれないのだけが未練だから、お母さんも何かしら行動を起こしたいんよ」


昨年末、母親から唐突に宣言され、「それで気持ちの区切りがつくのなら」と不本意ながら親の婚活イベント参加を了承してしまったのだった。
やれ、子どもが結婚していないのは親の責任だ。 やれ、心配で気が狂いそうになっているのに子は親の気持ちなんてわかるまい。 その頃、そんなLINEが続々と送られてきていて気が滅入っていたからだ。

だが、イベント前には意気揚々と送られてきたLINEが、イベントが終わってからはぱったり途絶えた。
「これは申し込みがなかったんだな。 おかんには気の毒だけどこれでしばらくは静かになるかな」と軽い気持ちで過ごしていた。


翌週になり「4人から申し込みがきたからそれぞれの息子さんに連絡を取るように!」とLINEが届いてびっくりしたのはこっちだった。

「あんたの日本舞踊って趣味がお高くとまってるって思われたのか、身長が低いのがダメだったのか、ひとり暮らししてるのもポイントが低かったのか4人しか申し込みがありませんでした。 藁にもすがる思いで行ったので、とにもかくにもそれぞれの方と日程を合せて会ってみてください」

「会うのは構へんけどさ」


そう、会うのは別に構わない。
ただ、それ以降継続的に会いたいという気持ちがいつも起こらないのだ。
結婚ということを意識せず、ただお茶をしに行く、出掛ける、その場でどうしたら会話を進められるかまずは目の前の事象に集中する。
余計なことを考えずに淡々とこなしていくだけ。
そして一方ではデート中、「これ以上物理的な距離が縮まるのは落ち着かへん・・・」とパーソナルスペースセンサーを研ぎ澄ませているのでなかなかに消耗している。


そんな私も30代前半の頃は「婚活はするべきもののはず、イベントに参加するうちに結婚したくなるのかも」と自らに言い聞かせ、イベントを探し、毎月のように出かけていたものだ。

親から「金は出すからとにかく大手結婚相談所で活動してくれ」と言われるがままに入会したこともある。

大手企業に勤める母方の伯父の結婚サポートグループに入会できないものか、父親が頑張って問い合わせをかけたこともあったが、これは叔父の会社が関東方面だったため関西に住む私は対象外ー要は入会しても関東地方で配偶者を探す男性会員からお見合いを申し込まれる確率は限りなくゼロに近いーだと門前払いを食らった。

その後、父親の友人の伝手でお見合いをしたのを最後に、どうやら私に積極的な意思が無いということに感づいてくれたのか、ここ数年は静かに暮らしていたものを。



「やっぱり40歳までに、どうにか結婚してもらえへん?」


結婚を望む圧力が、今年になって再燃したのであった。
38歳の私も、35歳の弟も結婚どころか彼氏彼女も作らないひとり暮らし生活を悠々自適に謳歌しているため、数か月単位で交互にこういった発破をかけられ続けている。

「相手に断られるのを怖がって何もしないでいるなんていけませんよ」

「もっと積極的に動いていかないと」



なんか、ちゃうねんな。

私が婚活にいまいち真剣みを持てないのは「結婚てせなあかんもんなん?」という漠然とした思いの方が先に立つからだ。
これってやっぱり結婚に対する不要な先入観だよね・・・。

だって、結婚したらいろんなものが変わっていくやん?
結婚してもあなた自身は変わりません、と言われても環境は変わるし、社会的な待遇も変わるし、家族関係も変わる。
まぁ、社会的待遇については結婚していた方が今よりお得なはずだけど。
もしかして、結婚ってヒト型の社会保障制度?


生涯独身でいるつもりなのか、と問われれば「それもわからへん」。
今後の日本国内に、阿佐ヶ谷姉妹みたいに妙齢の独り者たちが身を寄せ合って暮らせる場所ができていくのならば、そこで生きていくのは全然オッケー。

別の部署の独身女性(実家暮らし)と「そのうちウチもリフォームするし、両親がいなくなったら二人暮らしでもしよかー」なんて調子のよい妄想を膨らませていたこともあった。


一方で、「将来は中古でもいいからマンションを購入してみたい」と両親に相談したこともあった。
ひとりならひとりで暮してもいいし、万一、結婚することになっても私が購入した部屋に住むか、売ればいいことだ。
少ないながら今の給与でもローンを組めるということが不動産会社に相談してわかったし、なんとなくこれからの未来は不安ばかりでもないのかもしれない! とこの時はひそかにワクワクのボルテージがぐんぐん上昇していた。

「何千万も借金をするなんて現実的じゃない。生涯の伴侶を見つけて、家族を作って、無事に世の中を漕ぎ抜いていくことの方が大事でしょう」

左耳からスマホ越しに母の声。
年の暮れ、ひとり暮らしのアパートの台所。
京都の底意地の悪い冷えが靴下1枚の足元からじんわり這い上がってきて、私はぶるりと肩をすくめた。


家族ができることは素晴らしいこと。
でも、家族という単位だけを考えるなら、血のつがなっていない人間同士でも作れるんやけどなぁ。
血の繋がっていない者同士の関係は信用ならないというのか。


さて、その後、モデルルームを何軒か見学に行ったところで、東京オリンピック前のこの時期に物件を買うのは時期尚早かもしれない。 まずは全ての基本となる資金を調えようという方向に考えがシフトしていった。

同時に、後輩に紹介してもらったFPさんに相談しつつ家計の見直しも行っていた。
年明けには心機一転と、これまで家計の大部分を占めるばかりではなく、貯金まで切り崩していたいくつかの趣味を辞めた。

乗馬、ひと月に何度も上京しての観劇、日本舞踊、それに加えて国内外旅行。
これらをフルで楽しんでいた時に比べれば、当然ながら家計は落ち着きを取り戻し、ここ半年間は収入内でやりくりができるようになり、時間的にも毎週末を余裕を持って過ごせるようになってきた。
かわりに、これまで時間がなくて離れてしまっていた小説創作、韓国語の勉強に時間を割くようになったので、やはりなんやかやとあっという間に週末が過ぎていく。

以前、私の趣味も知っている仲の良い男性社員から「大前さんは趣味ぜんぶ辞めないと結婚できませんよ」と冗談めかして言われたことがあるが、自分でもつくづくそう思う。
全てを失くした時に、やっと誰かと共に過ごす時間が欲しくなるのだろうか。


だめだ。
こういうことを考え始めるから何かを見失い、堂々巡りの約10年間が過ごしてしまったんやないかい!


そういえば、ばあちゃんが入院する前の年のお正月、地元の親戚一同で集まっての昼食会の最中に言われた言葉も思い出される。

「ヒロミはいつ結婚すんだ? 結婚なんちゃあ、一緒に住んじまえばあとは何とかなるもんなんだがん、考え過ぎねでだいじなんだよー」

栗きんとんでべたべたになった、孫のもみじ葉のような手を濡れ布巾で拭いながら、何でもないことのように言ったばあちゃんの横顔は、梅干しみたいにふくふくして、しわしわで、私の好きないつものかわいいばあちゃんのものだったけれど、その時はちょっとだけ男梅みたいにも見えた。


せやけどさ、それも一理あるっていうのはわかる。
何も考えずにイチニノサン! で決めた人と同居しているうちに育まれるものもあるかもしれない。
さっきと真逆のことを言うけど自分を見失って勢いで突き進んでみてもいいのかもしれない。


自分は 結婚が したい。


そんな考えが1mmでもある人間なら。



本当に、どうして私は結婚に興味がもてないんだろう。

結婚という言葉を見ても聞いても、ふんわりとあたたかいイメージが浮かぶどころか、「結!婚!」という文字がドンと出現するだけだ。
それ以上でも以下でもない。
文字がそこにあるだけ。
そしてドリフのコントで最後に天井から落とされる金盥みたいに、ガンと派手な音をたてて私の頭に落っこちてくる。


デート中に「もう帰りたい」って思うのと同じ感覚でうっかり言ってしまう。


「ー死にたい」



これ以上もたもたしていると本当に遅刻するという時刻に設定してある目覚まし時計の、2度目のスヌーズ音が鳴り始めた。
いい加減起き上がらなくちゃ。
もう一度うーんと背伸びをしてから、両足に反動をつけて上体を勢いよく起こす。


枕元に投げていたスマホのロックを解除すると、新しいLINEが飛び込んできた。




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この小説風の文章は、最近読んでめちゃめちゃ面白かった『うちの子が結婚しないので』に影響されて書いたものです。

うちの子が結婚しないので (新潮文庫)

うちの子が結婚しないので (新潮文庫)

老後の準備を考え始めた千賀子は、ふと一人娘の将来が心配になる。
28歳独身、彼氏の気配なし。
自分たち親の死後、娘こそ孤独な老後を送るんじゃ…?
不安を抱えた千賀子は、親同士が子供の代わりに見合いをする「親婚活」を知り参加することに。
しかし嫁を家政婦扱いする年配の親、家の格の差で見下すセレブ親など、現実は厳しい。
果たして娘の良縁は見つかるか。
親婚活サバイバル小説!
(amazonサイトより)


主人公・千賀子の娘、友美ちゃんの先輩の先輩が、友美ちゃんの親御さんの話を聞いて、同じ親婚活をする自分の母親のこと、そして結婚そのものに感じているモヤモヤした思いを吐露する、という設定で書いてみました。
だって小説の中の友美ちゃんって従順すぎるような気がするんですもん。


婚活イベントに参加する家庭の事情はそれぞれ違うし、いろんな心情が絡み合っていることと思います。
今の時代って選択肢の多さゆえにめんどくさくなっていたり、ややこしくなってることが多い。

そんな中で結婚という決断ができない人間があぶれていく―とは思いたくないし、そういう風に見られてしまうのは嫌だ。

私が書いた文章はモヤモヤから抜け切れないまま終わっていますが、小説の方は軽快なテンポで進んでいっきに読めちゃいますし、明るいラストなので、まずは「今ってこんなことが実際に行われているのか・・・!」という興味本位で手に取ってみてくださいませ。


かく言う私も、39歳の誕生日にたまたま立ち寄った本屋さんで平積みされている文庫本を見つけてつい手に取ったら1ページ、2ページ・・・と、ページをめくる手が止まらない!
実際にうちの母親も親の婚活イベントに参加経験があるので「わかる」が止まらず、そのままレジに向かったのでした。


本そのものの感想はRadiotalkでおしゃべりさせていただいてます。
特に印象に残っている箇所をピックアップして話していますので、こちらもぜひどうぞ。

とりま、結婚結婚と悲壮にならず、まずは飲み友達を作る感覚で出会い系サイトに登録でもし直してみようか・・・と、相変わらず全く真剣みを持てない今日この頃でございます。

私、視野が狭くなってるのかなぁ?
意固地になっているのかなぁ?

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